■略歴
カナダ、オーストラリアに留学。帰国後、広島で「Grasya English School」を主宰。ハワイ、オーストラリアのスクールと提携し、多数の生徒を送り出している。留学当初からマスコミに注目され、帰国後も多数の取材を受ける。
2001 帰国
Grasya English School 設立
2003 English with Aloha School 提携校となる
2005 Home English in Australia
Maewill English in Australia提携校となる 2006 ヒロシマメッセンジャーに選ばれる
(カナダ担当)
2006 5 広島FM放送 Vibe
ON ! MUSIC でラジオ出演
2006 7 NHK広島お好みワイド
でテレビ出演
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逃亡するような気持ちで、留学を決心しました。
私は大学病院を退職し、1年間派遣社員をしてから1997年にカナダに留学しました。私が27才のときでした。
大学病院では病院長の秘書をしていて、決して満足していなかった訳ではないのですが、なんだか、いつも自分だけ取り残される気がして、このままの生活が、永遠に続く気がして、どこかで、立ち止まらなければ永遠にこのままだと思い、逃亡するような気持ちで、留学を決心しました。
今さら、英語、留学という声がどこからか聞こえてくるようでしたが、その時の私の気持ちは絶対英語を話したいという気持ちと、絶対今の自分とは変わるとワクワクする気持ちでカナダエアーライン1年間オープンチケットを手に出発しました。
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ドアを開けた瞬間その期待は一瞬にして消えてしまいました。
半年の語学留学をまずは目標に、いざ学校です。その気持ちは、初めてランドセルを持ったピカピカの1年生になった気持ちとほぼ同じ気持ちでした^
^ が、ドアを開けた瞬間その期待は一瞬にして消えてしまいました。生徒10人中10人日本人だったのです。
同時に飛行機の中で、これからは日本語無しの生活の覚悟が消えた瞬間でした。
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留学半年後英語が聞き取れるようになり、地元の新聞に 取り上げられました。 |
こんなはずでは・・・このままでは何も変わらない。変わらずして帰国はできない、カタカナ英語のまま帰る訳には行かないと思い、1週間でその学校を辞めました。
そこから町中、英語学校という英語学校を探しまわりました。
探し始めてから2週間、ここだっていう学校に出会うことができました。
ブラジル人、スペイン人、メキシコ人、韓国人、エジプト人、クラスに溶け込み、やっと、英語だけの生活に入りました。
そして、すぐに直面した問題は、今まで私が習った英語が全く役に立たない事でした。
あの問題集は・・・。あのドリルは・・・。死ぬ程、勉強して留学に臨んだつもりなのに。もちろん英会話スクールにも通いました。一番ショックだったのは、毎日聞いていた、ラジオの英会話は一体何だったのだろう?寝込みたくなる気分でした。
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留学しても、話せないまま帰っていく人を沢山飛行場で見送りました。
オーストラリアで出会った全ての人に助けてもらいながら、帰国して、2ヵ月後、英会話スクールを立ち上げました。
私は留学時代、留学しても、話せないまま帰っていく人を沢山飛行場で見送りました。
結局、全く話せないままで留学したら、話せないクラスに入れられてそのまま、話せない者同士が集まり、慰めあい、観光に励み、あ―――、楽しかったね、で、帰国し、留学って何?
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左から2番目。オーストラリアのスクールで友人達と |
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| 今の自分を変えたい、今より楽しく生きてみたいと思っていたはずなのに。。。。また元に戻ってしまう。もしくは、元より悪くなる。こんな事はあってはならないことなのです。英語で相手の気持ちを分かりたい、伝えたい、この作業は日本にいて可能です。6年前に、カナダ、オーストラリア、アメリカ、イタリア、スペイン、タイとあらゆる行きたい所に留学をし、分かった事は、留学をしなくても、英語は勉強方法を間違わなければ、日本でも短期間のうちに英語を修得する事が出来るということ。 |
英会話教室立ち上げ半年後に取材をして頂きました |
@ 本物のネイティブの会話を、ネイティブの声で学ぶ環境(教科書的な会話は一切役に立ちません。書店では本物のネイティブの本に出会える事はめったにありません。)
A ネイティブに習わない環境(日本人が教えなければ質問や分からないところが未消化になり、ストレスで挫折します。)
B 楽しく続けられ、継続できる環境の3つの環境があれば予想以上の速さで英会話の修得ができます。
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英会話教室立ち上げ半年後に取材をして頂きました |
日本にいても、ネイティブの英会話は習得できる事を私が責任を持って実証していきます。
あなたのために、いつでもスタンバイしています。 |
Cafe Presidents 英会話担当 原藤 陽子 |
■代表から一言
妹であり良き親友でもある彼女。
劣等生だった彼女の学生時代。
だからなのか、打たれ強くてたくましい。(笑)
「陽子先生に出会えて良かった」という生徒さんたちの声は、私を刺激する。
熱いレッスン、よろしく頼んだよ。
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